
こんにちは。
下大前です。
東大阪市鴻池で整体庵大空という整体院をしています。
先日、娘が鼠径ヘルニアで手術をすることになり、一緒に入院しました。
担当してくださった先生曰く、早めに処置しておくことが今後の予防にもなるし、大人と比べると比較的簡単な手術なので…とのことで安心してお願いすることができました。
鼠径ヘルニアの手術はざっくりと、下腹部の靭帯の間に隙間が出来て、腸や子宮が出やすくなっている状態で、それだけではポコッと膨らむ程度で痛みはないのですが、隙間に腸や子宮が挟み込むと厄介なので、そうなる前に隙間を塞ぐ…という手術です。
手術は夕方で、朝から入院しました。
手術時間は夕方でしたが、朝から病院へ。夕方まで暇?と思い、色々シール帳とかゲームとかを持ち込みましたが、先生方や看護師さん、事務の方、栄養士さんに薬剤師さんなど色んな人が話に来てくれて、意外と忙しくあっという間に手術時間に。
自宅出産の時も毎回感じますが、入院中は、何人もの看護師さんが声をかけてくださり、病院には色々な専門家がそれぞれのパートを担い成り立っているんだな〜と改めて感じる機会でした。
知り合いにも色々な医療従事者がおりますが、本当に尊敬の念が出ます🙇♂️
昨夜から絶食中の娘は、空腹すぎて途中泣いていましたが、よく頑張りました。
もちろん手術も無事終わり、退院して3日目の今日は傷の痛みもかなり治まったみたいでした。
どんな治療法か?より誰に預けるか?
今回はたまたま、家族ぐるみで仲良く遊んでいるパパが消化器外科の先生で、安心しておまかせすることができました。手術なので、術式について事前にすごく丁寧に説明してくれたのですが、正直その術式を理解したから安心してお任せできる…というよりも、この人なら信頼出来る。というのが僕たち夫婦は強くて、今回は先生がどんな人かを普段から知っていたので、説明を受けるまでもなく(僕はほとんど聞いてない笑)、「安心しておまかせします」という感じでした。
この信頼ってどこからくるんでしょう?
不思議です。
技術レベルがどうとか当然わからないし、手術の方法もいくつあるのかも知らない。そうした知識や技術による根拠もなにも知らないのに、圧倒的に信頼できる。
でも、自分がやりがちなんですが、こんな技術があるとか、こんなことを知っているとか、なんでも出来るようにならないといけないと思ったり。そういうことを逆の立場ではやりがちだったなと思います。ちょっと恥ずかしい。
実際は全然そんなことありませんでした。
なにができる人か?よりも、誰に任せるか?に尽きますよね。
あたりまえのことですが、有難い気付きでした。
地域の医療はもっと連携しません?
6月に東大阪市若江岩田にある「たかやまクリニック(整形外科・内科)」さんで、クリニックの先生方に僕が整体でやっていることについてお話しさせていただく機会があります。
一般の方には「そんなのあるんだ」くらいだと思いますが、整形外科と、全く外部の僕たちのような整体・鍼灸師が合同で勉強会をする…というのは、業界的には非常にまれで、たかやまクリニックの先生方の柔軟性と「良いものなら学ぼう」という向上心あって実現している場なんです。
地域にこうしたクリニックさんがあるのは有難いです。
僕、20代の頃はスポーツ整形外科や産科・婦人科でリハビリや施術をしていて、西洋医学の優れた部分もたくさん経験したのですが、同時に苦手な部分がありますし、同じ医学の立場でもその人により、個性や得意不得意もあります。
特に整形外科と、僕たちのような施術家は、現代医療のなかでお互い否定的にみている節があって、どちらにも属した僕としては、どちらにも不得意があるし、何より患者様としては、どちらの存在も有難い存在であるにも関わらず、当事者同士は協力関係にはないことがほとんど。
これって、無駄だなと思います。
なんとなく、今は縦割りといいますか、横の交流がほぼない。
患者様の立場では、その時悩んでいることに応じて、いろんな医療機関(整体や鍼灸も含む)に相談に行きますが、医療者側は、東洋医学は西洋医学を、西洋は東洋を、それぞれの立場のポジショントークとして、自分の良さを主張し合っていることが多いです。
そこに違和感を感じている医療者や、患者様が多くなっている…という点では、その意味がありますが、結果、不利益を被るのは、患者様になっている気がします…
それぞれの先生がやっていること自体の得意不得意はありますし、先生の個性も様々なので、患者様の心身の状態によって、その時々で使い分けることが出来れば良さそう。
あげればキリがないですが、
例えば、助産院から整形外科へ、整形外科から整体院へ、整骨院が整形外科へと、医療の専門家が縦割らずに、それぞれの専門性と個性を持ち合わせて、地域医療が出来ればいいなーと今回の入院で感じました。
その中でお互いが、苦手を依存し合うでなく、自分の苦手なことや、知らなかったことを知って、お互いが成長させていけば、地域医療のレベルアップにつながっていく気がします。
イメージ程度だし、色々壁だらけで一人では無理だけど、やってみたい。
誰か協力してくれませんか…?
医療を超えた交流があるとおもしろそう

仏教の世界で「空(くう)」という概念があります。
僕もうまく説明できないんですが、あらゆるものは関係性の中で自在に変化しながら存在する…みたいな意味だそうです。(精密にはもっと難解ですが…)
今回、入院させていただいた病院は基本的に高齢の方々が多い病院で、小児科がなく、子供が入院するのは稀だったみたいで、僕たちは手術をしてもらう「頼る立場」として入院していましたが、夜間に担当してくださった看護師さんが「夜勤でしんどい日も多いけど、今日は可愛いお子さんに癒されるので、いつもより頑張れます。笑」とおっしゃってました。
頼って元気をもらう立場だけど、元気を与えている立場でも同時にあって。
それぞれの役割が移り変りながら、同時にそこにあるというか…
そんな様子をみていて、例えばですけど、地域の子どもたちが食事の配膳のお手伝いや、飲み薬を持っていくことで、入院患者さんもちょっと癒されるとかもありそう。
ついでに、社会見学としても良さそう。
それ以外にも、僕らのような整体や鍼灸の先生が、入院中の患者様を施術して回ったり、勤務で疲れた先生やスタッフさんのケアをしてまわったりとかも出来そう。
時にリハビリを手伝ったりとかも。
管理栄養士さんと、東洋的食事手当の専門家が意見を出し合うとか。
子どもたちが頑張って作ったクッキーを入院患者さんに配るとか。笑
元気になってきた入院患者さんの得意なこと(専門的知見とか昔遊びとか)があれば、大人や子どもたちが教えてもらって、日々に活かすとか。
入院して元気になってきた大工が得意なじいちゃんに、DIYのヒントをもらうとかもありそう。
挙げれば本当にキリがないですが、決まった型にはまったことだけをやるではなく、そこにいる人同士の関係性の中で、お互いの役割が流動的に移り変わっていくような状態。
そんなことを包括して「医療」と呼べるような時代になれば、みんな今より一段元気になって良さげな気がしますが、どうでしょうかね。
僕はやってみたいと思うので、少しずつ狭い範囲からでも行動してみようと思います。
保険制度の中で壁だらけではあるけど、医療の中でも垣根を超えて、医療の枠組みも超えて、色々な立場で相互に関わり合いながら、患者さん(受ける側)と医療従事者(施す側)にキッパリ別れるよりは良さそうな気がします。。
僕は付き添いでしたが、入院するのは幼稚園以来でしたので、いろんなことに気づかせてもらえた時間となりました。
改めて、娘にも、手術をしてくれたY先生、病院スタッフの皆様にも感謝ですし、日々色々な医療従事者の方にも改めて尊い仕事で、どれも欠かせない立場であることを感じられました。
ありがとうございました☺️

















