不安症・自律神経失調症の原因は努力すること? 人生で「努力しなくていい」3つの理由

おはようございます。

整体庵大空の下大前です。

 

今日は、

 

『不安症・自律神経失調症の原因は努力すること? 人生で「努力しなくていい」3つの理由』

 

というお話です。

 

 

あなたは、

「努力する事」「頑張る事」は、

とてもいい事だと考えていませんか?

 

恐らくほぼ全ての日本人は、努力や頑張る事を美徳と考えている事でしょう。

 

ですが、

結論から言うと、日本人のこの考えは、非常に危険だと僕自身は思っていて、

表題にある通り「頑張る必要1mmもない」と今は考えています。

 

「今は」というのは、僕自身も頑張る事が正しい事だと思い込んでいた事から、

人生で様々な失敗をしてきた経験からあるからです。

 

 

不安症や、パニック障害、自律神経失調症、うつ病、そして自殺に到るまで、

それらの原因は、

努力する事が正しい事だと思い込んでいる事が関係してきます。

 

そもそも、

「努力」という言葉と、

「努力感」という言葉の意味を履き違えている事がこの問題の一つの原因ですが、

努力している事が正しい事、素晴らしい事であれば、

言い換えると、

努力していない自分は正しくもなく、優れていない自分であるという事にもなります。

 

生きていく上で、

何一つとして頑張る必要もなければ、努力する必要もありません。

 

 

頑張る事を美徳とする洗脳教育を受けてきた僕たちに取っては、

その囚われを脱するには、少し時間がかかるかもしれませんが、

このブログを読む事で、

「頑張る必要のない事」に気づくキッカケになるかもしれません。

 

それではお話して行きましょう。

 

 

ー今日のお話ー

  1. その1、「努力」とは誰の視点の話?
  2. その2、努力しても報われない
  3. その3、資本主義社会というカラクリ
  4. まとめ

その1、「努力」とは誰の視点の話?

その1、「努力」とは誰の視点の話?

努力と言う言葉を辞書で調べると、

『ある目的のために力を尽くして励むこと』

とあります。

 

僕らは、物心が着いた時から、

学校教育の中で、努力する事は素晴らしい事であると言われ続けてきたので、

頑張ることに対して、なんの違和感もないと思います。

 

しかし、

僕の推察ですが、

「努力」と言う言葉は、

努力をしている人を見ている人が、「あの人は努力しているな」と言った言葉ではないかと思います。

 

努力していると思われている当の本人には、

一切努力している感覚はなかったはずです。

 

勉強が好きで、1日中勉強をしている高校生を見て周りの大人は、

「あの子は努力家」だと言う事でしょう。

 

しかし、当の本人からすれば、努力している感覚はなく、

ただただ勉強が大好きだから朝から晩まで勉強しているのです。

 

漫画が好きな子は、朝から晩まで漫画を読めるでしょうし、

サッカーの好きな子は、寝ている時以外サッカーをしていても苦にならないはずです。

 

でも、その人を周りから見ている大人は、

「努力とは素晴らしい、あの子のように努力しなければいけない」

と感じ、我が子や、生徒に努力する事の大切さを伝えるはずです。

 

この時点で、

「努力」と言う言葉の本質がズレている事がわかりますか?

 

「努力」とは、

興味や好奇心から、自発的に湧き上がる行動であって、

努力する事=正しいことではありません。

 

努力することとは、

義務や、やらされていることに対して感じる感覚です。

 

これを「努力感」と言います。

 

僕たちに大切なことは、努力感で生きるのではなく、

自ら湧き上がる興味や好奇心ではないでしょうか?

 

 

精神論が大好きな日本人

 

「努力」と「努力感」

似た言葉ですが、全く異質であり、同じ意味ではありません。

 

「努力感」は、

やらされている事や、義務感のある事を頑張っている時に

自分が感じる感覚です。

 

日本人はこう言う努力感や、スポーツの世界で言う精神主義が好きですが、

努力感ほど、物事の本質を惑わすので注意が必要です。

 

「努力感」を得ることは、

「自分はこれだけのことをやってきた」と言うことを感じるための行為で、

言うなれば、

努力感への依存であり、

自分に自信がないことへの表れです。

 

目的達成のために工夫した行為と、

努力感を感じたいためだけの行為では、

当然ですが、全く質が違います。

 

 

あなたがもし、今、日々の生活を頑張っていると感じているならば、

それは明らかに義務感からくることをまず自覚する必要があります。

 

そして、

なぜ自分はそんなに努力しなければいけないのかを考え直し、

発想を180度変える事がなければ、

本当の意味で、不安症や自律神経失調症という病気は解消することはできません。

 

 

頑張っている自分に気づいていない人はもっと危険

 

「自分は日々頑張って生きているかもしれない」

そう感じれる人は、最初の段階はクリアしています。

 

しかし、

不安症や自律神経失調症など、不調を抱えているにも関わらず、

「自分は頑張ってなどいない」と思うのであれば、

かなり危険であると認識した方がいいです。

 

頑張っていることにも気づかないほど、

自分が思い込みの世界で生きているという証拠です。

 

そのことへの、潜在意識からくる反発現象が、

不安症であり、自律神経失調症という現象で、

病気症状が出ていることは、あなたが日々義務感の中で頑張っている他ならぬ証拠なのです。

 

まずはそのことを自覚してください。

 

いつだって、あなたの思考よりも、

あなたの身体の方が賢こいので、

本心は必ず身体に現れるのです。

 

それが身体に現れる病気の正体です。

 

その2、努力しても報われない

その2、努力しても報われない

「努力しても報われない」

 

シャレのように聞こえるかもしれませんが、

僕は子供達にこう教えるべきだと真面目に考えています。

 

実際、努力が報われる事がないのは社会人なら経験しているはずです。

 

努力とは、目的と努力の方向、動機が大切であり、

当の本人に努力感がない事が大切です。

 

本人が努力だと感じながらやっている行為には、

はっきり言って全くその効果はありません。

 

それを大人が教えなくてはいけないのではと思います。

 

努力をすれば報われるのではなく、

興味があること、好奇心が湧くことに、のめり込む事が大切です。

 

 

しかし、

現代の家庭教育や学校教育では、勉強やクラブ活動にのめり込む事以外は、

なぜか、ダメだと言われてしまいますね。

その結果、勉強や部活動という狭い世界で優劣をつけられ、

劣等感を持つこどもが増えます。

そのまま大人になっていけば、

劣等感は、自分のことを理解して欲しいという「認めて欲しい願望」に変わり、

その潜在意識が様々な原因不明の病を作り出す原因になることを、

そろそろ、社会全体が自覚する必要があるのではないでしょうか。

 

たとえ、子どもの興味のある事が、漫画であろうが、ゲームであろうが、ファッションであろうが、

カラオケであろうが、遊びであろうが、

何かに興味を持ち続けることが大切なのであって、

何に興味を持つかは自由でいいはずです。

 

そして、

もし、親が子どもに勉強させたいのであれば、

それは親自身が勉強を楽しんでやっている姿を見せてあげることが大切です。

 

「鏡は先に笑わない」という有名な言葉がありますが、

子どもは親の姿を写す鏡です。

親が勉強好きなのであれば、子どもは勝手にその背中をみて学びます。

 

 

だから、

努力なんてしなくていいし、学校で、

生徒が興味のあることを先生や他の生徒に教えるなんていう時間があったりしてもいいんじゃないでしょうか?

 

生徒の興味を引き出し、それを追求する楽しさを教える事が親や先生の役割だと僕は思います。

 

その結果、

はたから見れば、その生徒が追求する姿は、

「努力している」と感じられるはずです。

それが「努力」という言葉の本意です。

 

「努力」という言葉の意味を今一度考え直す必要があるのではないでしょうか?

 

 

努力しないことへの不安感

 

「努力しなくていい、頑張らなくていい」

そう言われると、じゃ何をすればいいのかわからないと思う人がいます。

 

頑張ることで、安心を得ていた人は、

頑張らなくていいことに不安を感じ、

自分が好きなことだけをやっていることに恐怖を覚えます。

 

それは、

 

頑張らず好きなことをしている自分=サボっている自分=価値がない自分

 

という囚われた連想を抱くからではないでしょうか?

 

たとえば、

怖い父親に育てられ、何かにつけて殴られて育つと、

人に怒られないように生きる事が生きる目的になりやすく、

それは大人になっても変わらない事が多いです。

 

自分がどうしたいかは無視して、

他人の世話をする事に全精力を傾けて生きます。

 

その結果、他人からのお礼や、態度が悪いと、

「私はこれだけあなたのためにやっているのに、その態度はなんだ」

と言って腹が立ちます。

 

このようなメンタル状態では、

眼の症状と、呼吸器のトラブルを引き起こしやすくなりますが、

この事を理解し、発想を転換していかない限り、

根本的に身体の不調は解消することはありません。

 

「努力する事が当たり前のこと」という囚われを自覚して、

その考えを改めることが必要ではないでしょうか?

 

その3、資本主義社会というカラクリ

資本主義社会というカラクリ

頑張ることが正しいことである。

という常識はどこから生まれたのか?

 

それをたどると、我が国のシステムそのものに行き当たります。

 

日本は、明治維新、戦後を経て資本主義という社会システムを導入し、

国として大きな発展を遂げてきました。

 

資本主義システムとは、簡単に言うと

国民同士で競わせて、少しでも、多くの資本を作り上げ、

国としての資本を膨らませていくシステムです。

 

私たちが努力する事が美徳だと教育されてきたのは、

このような社会背景があるからです。

 

その結果、国としての利益は上がっても、

国民一人一人の「心」はどうでしょうか?

 

現代において、

先進国ほど、心の病を持つ人が増えている事と無関係とは言えないはずです。

 

心の病で悩む人は、

今自分が考えている常識の世界を疑い、

その正解を壊し、発想を転換する事がもっとも大切な事なのです。

 

 

発想を転換することは難しいが…

 

自分の常識を一度壊し、発想を転換する事が簡単にできれば苦労しないよ。

そう思われる方もいるでしょう。

 

厳しいかもしれませんが、

その考えのままでは、あなたの悩みは本当の意味で晴れることはありません。

 

頑張ることを、一時的にモチベーションを上げる格言もありますが、

そもそも、格言に頼ってまで頑張ることを正当化しようとする時点で、

すでに間違っているのです。

 

発想を変えることが簡単でないことは、百も承知です。

 

しかし、

それを少しずつ進めなければ、本当に大切ものは見えてこないでしょう。

 

囚われた世界で生きる辛さは精神薬では絶対に解消しません。

 

囚われた世界を変える覚悟があれば、なんでもできるはずです。

 

ぜひ、一度自分を振り返ってみていただきたいと思います。

 

まとめ

医療の常識を壊し、新たな世界へ

いかがでしたか?

 

今日は、「努力」ということの本質についてお話してきました。

 

「努力は美徳」

「努力感に安心している」

そう言う思考が、不安症やパニック障害、自律神経の不調を引き起こしていることに気づくきっかけになれば幸いです。

 

そして、

本気で自分の世界を疑い、発想を変えたいのであれば、

近くの信頼できる人に相談してみてください。

 

この記事が、

一人一人の生きる世界に疑問を投げかけることができていればいいなと思います。

質問や相談はお気軽にご連絡ください。

 

それでは今日はこの辺で!

パニック障害・不安障害について詳しくはこちら

パニック障害・不安障害

この記事に関する関連記事