おはようございます。
人の可能性を広げる天才整体師 下大前と申します。
今日は、
「【実際の事例】娘がパニック障害で不登校という母親を整体した時のお話」
というお題の内容になっています。
この母親さんは、自分の娘さんがパニック障害、不安症で現在不登校だと言うことで、
娘さんの相談で来られました。
結論から言うと、
僕は娘さんを施術することはおろか、お話することさえできずに、
終わりました。
つまり、僕は母親さんからの信頼を得られずに終わったということです。
今日は、こんなお話するのはそんな僕を慰めてほしいとかではなく、
この出来事から見えてきた、これから僕が変えていかなければいけない現代社会の問題があるからです。
この母親さんは、電話予約の時点では「娘をみてほしい」ということでしたが、
こういうケースは、娘さんよりも母親さんの方に問題の原因があることが多いという、今までの僕の経験上から、
「娘さんは緊張するだろうから、僕がどんな先生かもわからないだろうし、まずはお母さんが来てください」
ということで母親さんが整体を受けに来ました。
そしてお話していると、以下のことがカンセリングでわかりました。
ー母親さんのお話ー
- 娘が学校に行くと咳が止まらず、それを周りにみられるのが嫌でパニックになる
- 娘はパニック障害という病気である
- 親心として、娘の症状を治してあげたい
- 薬を使わない方法で治したい
- 普通の子は勉強や部活で成長しているのに娘は不登校だから成長していない
- 何が原因なのかわからないし、何をすればいいのかわからない
- お互いにイライラして喧嘩することがある
まとめると、このようなことです。
どれも優しい母親さんの我が子を思う言葉です。
施術をしながら、
僕は、母親さんに、3つのことをお伝えしました。
一つは、パニック障害は病気ではなく物事の捉え方が偏っているために起こること
二つは、娘さんは母親さんの行動や考えをよくみているということ
三つは、不登校という経験は娘さんを大きく成長させているということ
パニック障害は病気ではない
パニック障害は、
病気ではなく、物事を捉える視野が、常識や普通などといった概念から狭くなり、
自己否定してしまうことによって暴発している状態です。
本来は個性として考えてもいい自分自身の考え方を否定し、不安になり、
発作を起こします。
パニック障害を病気というのであれば、
その人の個性や自主性を否定し、普通でありなさい、1人だけ違う考えをしない、みんなと同じでありなさい、
という誰が決めたのかもわからない常識に沿って生きることだけを良しとすことになります。
現代社会システムも、学校教育も、
自由という建前のもと、実際は労働者として都合よく働くようにするという主義の元行われているので、
個性を殺し、全員が同じように行動し、人の違う考えや行動を否定することで、国民が労働者として勤勉に働けるような教育をなされています。
まさに個性を殺すための教育といってもいいでしょう。
この結果少し、人と少し違うだけで「自分は普通じゃない」と自己否定になるのです。
本来は他人と違う考えを持っていたり、才能があるということも、顔が違うことも、
全ては個性として受け入れられることではないでしょうか?
今の社会にこの寛容な心を取り戻せたら、自分も他人もみんな可能性が広がるように僕は思います。
娘さんは母親さんの行動や考えをよくみているということ
自宅で、娘さん母親さんの行動言動だけでなく、
その発する空気まで敏感に察すると、母親さんは言います。
自分がイライラしていると、
娘さんもイライラして喧嘩になるのだと。
母親さんに「あなた自身が普通でありたい、娘には普通に成長してもらいたい、周りの子と同じように学校生活を送ってほしい」
という思いはないですか?
と聞くと、「当然そうです」との答え。
ですが、
そんなお母さんに娘さんは反抗するわけです。
一見親心的に普通のように感じるかもしれませんが、
実はこの母親さんの思考は、娘さんの個性を否定し、
人目を気にした考えなのです。
娘さんはここを敏感に感じ取り反抗をしていたのでしょう。
娘さんからすれば、一番の自分の理解者はお母さんです。
そのお母さんに自分の個性を否定されれば、当然悲しいでしょう。
それでもお母さんが大好きだから、その言動行動を敏感に見ているわけです。
こんなお話を母親さんにすると、
そんなこと言われると思っていなかったのか、
今度は僕に否定されたと思って、僕に攻撃してきます。
「じゃあ私が悪いってことなんですか?」と母親さん。
「あなたのその思考が娘さんに多大な影響をしていることは事実です」と僕。
この時点で、もはや、「娘をこいつには預けられない」という思考が見え隠れします。
それでも僕は、伝え続けました。
結局、娘さんとは話することもできませんでしたが、
想像するに、とても優しい方ではないかと思います。
ただただ、お母さんにも周りにも「自分のことをわかってほしい」と、
甘えたいという思考の現れが「不登校」という行動なのだと思います。
母親さん自身が、不登校の娘を病気と扱って、
受け入れないことが問題なわけです。
「これは病気でもなんでもなく、娘さんなりの訴えなんです。」
そんなことを母親さんに話しても全く聞き入れられず。。。という感じでした。
不登校という経験は娘さんを大きく成長させている
最後にお伝えしたのが、
この不登校という経験は将来に大きな財産になるということでした。
母親さんは、普通の子と同じように、
部活をやって、勉強して成長してほしいと考えていますが、
部活や勉強は、100人の生徒さんがいれば100人が経験できますが、
不登校という経験は、娘さん1人です。
これってすごい財産だと思いませんか?
世の中を見渡せば、素晴らしい職人さんも経営者さんでも、スポーツ選手でも、
実は「昔不登校でした」という方って実はむちゃくちゃ多いんです。
その経験が後々大きく自分の個性を開花させたとも言えます。
ですが、
はっきり言って母親さんは、逆の考えです。
人と違う娘をかわいそうと思い、社会から弾かれていると勘違いしています。
これは大きな勘違いです。
僕は、
娘さんの個性や人格を母親であるあなた自身が受け入れてあげてください。とお伝えしました。
具体的な方法は、娘さんのいいところ、頑張っているところを家で1日1回褒めてあげてください。とお伝えしました。
「最近褒めたことなんてない」と言うものの、
僕の話には最後まで一切納得していただけませんでした。
結局、この日はこれで時間オーバーとなって施術は終了。
これ以来この母親さんからの連絡はありませんでした。
今回のことを通して想うこと
人は、なぜ人と同じであること、常識の中にいること、を重視してしまうのか。
僕自身にもそういうところは当然ながらあります。
現代社会って、
生まれてから同じように育てられて、同じような教育を受けて、
同じような社会人になって、同じような病気になって、同じように死んでいく。
「人の目」「常識」「当たり前」「普通」「正常」「良いこ」
こんな誰が決めたかもわからない「他人のものさし」で、個性を殺して生きていくことに、
閉塞感を感じて、息苦しいからこそ、不登校なども問題は増え続けているし、
性犯罪や、精神疾患、がん患者も増える一方なんでしょう。
それを「病気だから」として薬や対処法で解決しようとすることになんの意味があるのでしょうか?
自分の意見が少数派すぎて、心が折れかける時もありますが、
それでも一歩一歩「こんな思考で生きているやつもいるよ」ということを発信し続けたいと思っています。
ぜひ、ちょっとでも僕の考えに共感できるなと想う方は、シェアをお願いします(≧∀≦)