おはようございます。
東大阪市鴻池新田の整体庵大空です。
鍼灸師の妻(>>Instagram)と2人でこじんまり運営してます。
今日は健康情報でもなんでもなく、ただ自分が感じたことを残しておきたいブログです。
なので、興味ない方は読まないでください。
昨日、学校教師の仕事されている方が整体に来てくださり、その中で「教育論」の話になったんです。
おおまかな話の内容は、学校教育では「勉強を教える」ことと「人を育てる」ことがあって、現状の学校でやっていることは勉強を教えることはしているが、人を育てることに関してはほぼ出来ていないという話でした。
国語や算数といった勉強を教えるのは教養を身につける意味で大切だけど、一方で「人を育てる」となると、勉強もその一部ではあるが、ときに常識から逸脱することも必要だったり、ときには厳しく指導する必要もあるし、精神的なストレス(緊張感など)が必要な場合もあると思うんです。
先生曰く、学校が先生が優しく勉強を教えてくれてその時間預かってくれる塾みたいな施設になっていて、肝心要の「人を育てる」に関しては行き届かないし、場合によっては指導出来ないこともあると。
だったら学校にはいかなくて、塾や動画教材とかで勉強は家でやるよってなる子も多いそうで、そうした側面も不登校児が増えている要因になっているんでしょうね。
その話を聞いていて、僕も心当たりがすごくあるなと思いました。
同時に多くの会社さんでも同じ現象が起きていそうだなとも思いました。
僕の子供たちも学校に行っていますが、僕としては勉強と同時に、人として大切なことを厳しく愛情をもって教育してくれる先生に預けたいですし、僕が整体するときには、「人を育てること」を大切にしたいと思っています。
ですが…実際はそんなカッコいい言葉とは真逆で、お客様の評価を求めて対応していたり、その他者評価でしか自分の価値や存在意義を見出せない自分がいます。
いい評価される嬉しく、厳しい評価だと落ち込んでます。
結局のところ、先ほど書いた「自分の子供は、人として大切なことを厳しく愛情をもって教育してくれる先生に預けたい」は、僕がそう在りたい人物像であって、学校の先生に僕がそれを求めるのは自分の理想を他人になすりつけているようなことでしかないです。
それを他人にいうのは簡単だけど、自分がそれを振り切って実行しているのか?と問われると全然だな…という自分をみせてもらいました。
「人を育てる」というと、お前はそんなに立派な人間なのか?と自分に返ってきますし、お客さまと対峙するということは、自分が自分自身をどう育てるか?ということに帰結することなのかもしれません。
それは、僕のような仕事でも、学校教育でも、家庭の子育て、会社の人間関係…どれをとってもそうでしかないのかもしれないな。
なんてことを今日はお客さまと話していて感じました。
少しずつ少しずつ、自分を育てていこうと思います。
みなさまはどう感じられますか。
お客さまとのこうした一時はとても大切な時間であり、改めて有難い仕事をさせていただいているなと感謝いたします。
ありがとうございます。
ではまた。










