観察点15 眼と過呼吸

少し久しぶりのブログになってしまいました。。

やりたい事が多すぎて毎日とても忙しくさせていただいてます。

ありがたい事です。

 

先日、

整体庵大空のホームページ用に写真撮影をしていただきました。

 

やはりプロが撮影すると、

古い整体院でも綺麗に写りますね。

さすがです。

 

写真では、プロの技術でとても綺麗に写ってますが、

実際は古い民家で、飾り気もない生活感のある整体院なので、

初めて来られる方は、そのつもりでお越しください。笑

さて、今日のテーマは過呼吸。

僕の整体を受けに来られる方の中でも、とても多い悩みが過呼吸です。

 

数年前と比べても、

過呼吸がひどくなったり、過呼吸への不安が強まっている方は増えていますが、

僕はこのことを、

自分とは違う色々な価値観を持った人同士が共存できる時代が到来しているなと感じています。

 

一つの常識、考えを共有しようという時代から、

いろんな価値観を互いに認め、共存する時代への変化期です。

 

 

過呼吸で悩む方に共通するのが、

「眼」の動きに偏りがある事ですが、

実際、自分の眼の動きに偏りがあるかないかは自分ではほぼ自覚する事ができません。

 

眼の動きに偏りが減るとともに過呼吸への不安が不思議と和らいでいきます。

 

ではなぜ、眼の動きに偏りが出るのか??

 

その一つの理由が、

「言いたい事を素直に言えない」

ことです。

 

その思考が眼の動きに影響します。

 

言いたいことを素直に口に出せない。

 

その理由を自分なり自問することに意味があります。

実際、

過呼吸で悩む方は呼吸が浅くなっている方が多いですが、

言いたい事を言っている自分を想像するだけで、

呼吸が明らかに深くなり、不安は和らぎます。

 

ある意味、言いたい事を言い、やりたい事をやり、

自分の思うように生きる事を身体がオススメしてくれているとも受け取れますよね。

 

そういう時代が来たよ。という事だと僕は思っています。

 

言いたい事が言えないからこそ、

色々な価値観を認め合って共存する事ができる。

 

これは、

「言いたい事が言えない」という経験がなければ気づけない領域だし、

人生の中でもとても重要な経験だと思いますね。

 

過呼吸で悩み、不安を感じる人は一度考えてみてください。

言いたい事を言える人だけにぐちを言ったり、八つ当たりするのではなく、

本当に言いたい事、

自分はこうでなきゃだめだ。

変に思われるから自分のここは人に知られたくない。

 

そんなことにこだわってはないでしょうか。

弱ければ弱い事を言えばいいし、

怖ければ怖いことをそのまま言えばいい。

 

そんな風に思いますね。

 

そのことの大切に心底気づく事ができるのは、

「言いたい事を言えない」経験をした人だけですから、これはすばらしい経験です。

一度ゆっくり考えてみる価値はあるのではと思います。

 

 

観察について

 

このブログでは今までに観察出来たポイントを不定期に紹介していきたいと思います。

なぜこのような取り組みをしようという思いに至ったかはいくつか理由があるのですが、

その一つは、

こうして皆さんに紹介するにあたり、

自分の観察がどこまで観えて、観えていないのか、記録していきたいという思いもあります。

 

 

観察は、

姿勢や仕草、その方が身につけているもの(服や靴など)を通して、

その方がどういう方で、性格的、身体的にどんな癖があるのか可能な限り読み取るものです。

 

自分がわかる範囲のことしか観えないのが観察ですが、

ブログを読んでくれている方は、

多少なり日常の参考にしてみていただいても構いませんし、

ご意見や感想などがあれば、コメントいただければと思います。

 

 

※ここで述べるのは、私自身の個人的な観察による推察であり、科学的根拠などはありません。またこのブログにより読者の皆様に万が一損益を被ることがあっても当方で責任は一切取りかねますので、予めご了承ください。

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