医療への関わり方を考える(不安症で病院に頼りがちな方へ)

おはようございます。

整体庵大空の下大前です。

 

今日は、

 

『医療への関わり方を考える』

 

というお話です。

 

みなさんが医療に関わる時はどんな時がありますか?

 

「風邪を引いたから病院へ行く」

 

「膝が痛いから整形に行く」

 

「健康診断に定期的に行く」

 

「各種予防摂取に行く」

 

「手術を受けに行く」

 

「肩や腰が痛いから整骨院に行く」

 

他にも色々あると思いますが、

 

整形外科と整骨院の人間として10年近くを過ごした僕は、

この現実にかなり疑問を持っています。

 

そこで、

今日は、自分なりの意見として、

率直に医療に対する疑問を書いてみたいと思います。

 

先にお伝えしますが、

今から書く内容は全て僕の自説であり、

それを強制するものではありません。

 

ただ、

僕を含めた全ての人が当たり前に正しいと思っていることに、

疑問を持つことは、「常識を疑う」という点において大切だと思うので、

より大きな視点で書いてみたいと思います。

 

 

ー今日のお話ー

  1. 医療に頼る前に…
  2. 医療者の勘違い
  3. 医療は患者を減らすためにある
  4. 医療が病気の概念を作り、売り上げを伸ばす
  5. 営利企業と医療は同じ仕組み
  6. 整体師として何ができるか
  7. まとめ

 

 

医療に頼る前に…

医療に頼る前に…

 

あなたが病院に行く理由は、

症状は色々あれど、基本的に医師や、薬などの治療に頼りたいという考えがあると思います。

 

そして、あたかも、病気を治した医師や薬が素晴らしいと医療が賞賛を受けることがありますが、

実際はそうではないと僕は思います。

 

医療によって改善するのは、

医療が優れているからではなく、一人一人の患者さんが健康であるからこそ、

医療は意味をなすのです。

 

もし、医療そのものに効果があるのであれば、

死人でも蘇らせることができるはずです。

 

僕は、整体師ですが、

自らの整体技術によって患者さんを直すことは絶対にできないと思っています。

 

一人一人の身体の力を利用することでしか、何もできません。

 

痛み止めを飲んで効果があるのは、

その痛み止め薬が発揮できる健康なあなたの身体があるからではないでしょうか?

 

 

症状には全て意味がある

 

あなたが日々悩み、不安に思う病状が、

あなたを守るための病状だとしたらどうでしょうか?

 

 

「風邪を引くのは、体温を上げて体内環境を整えるための現象だとしたら?」

 

「癌になることが、あなたの内にある日々の不摂生を浄化してくれているだけだとしたら?」

 

「膝や腰を痛め、かばいながら動くことで、身体が整えられているとしたら?」

 

「頭痛やめまいが、あなたの身体を守るための病状だとしたら?」

 

 

もし、そうであれば、

 

症状を出せる身体である素晴らしさに気付きませんか?

 

一般論では、

風邪なんて引いたことがない人は健康でいいね。と言われますが、

 

もしかしたら、

風邪を引ける身体であることは、とても健康体なのかもしれません。

 

病院に行く前に、

まず、自らの身体にある力を大切にするべきではないでしょうか?

 

医療者の勘違い

医療者は勘違いしている

医療者は、

患者さんの「自立心」を大切にする必要があると僕は思います。

 

安易に、安静を指導することは、

返って患者さんの身体を弱らせることに繋がるかもしれません。

 

よく、何かあれば安静を指示する医療者がいますが、

それは、患者のためではなく、

動いて悪化した時に、

医療者自身が責任を取りたくないがための発言であることも少なくありません。

 

 

足の悪い人に、杖を差し出すことは優しさであるように見えますが、

場合によっては、杖に頼ることでよりその人の自立心を奪う可能性もあります。

 

薬を出すことで、

薬に依存した身体の人たちを作り出していることもあります。

 

患者に優しく接することは、

「先生のおかげで身体が楽になった」という

医療者自身に依存させて、結局は依存された医療者自身の心が満足しているだけかもしれません。

 

 

医療者は、優しさだけが大切ではないはずです。

患者さんの自立する心を一番に想う必要があるのではないでしょうか?

 

しかし、

現状、優しい先生に患者さんは集まる傾向にあります。

本当に患者さんの事を考えている先生は、時に怖く感じることも、

あります。

 

病院を選ぶ権利のある患者さんは、

もう少し、医療への関わり方を考える必要があるのではないでしょうか?

 

医療は患者を減らすためにある

下のグラフを見てみてください。

これは厚生労働省にある医療費の推移です。

医療費の推移

1985年は16兆円に対して、

2014年では、40.8兆円です。

 

およそ30年で、約2.6倍という数字です。

 

なぜ、ここまで莫大なお金がかかるのか?

 

高齢化社会の日本において、

ある程度は仕方のない部分もあるかもしれません。

ですが、それでもここまで増える必要はあるのでしょうか?

 

 

日本の薬は世界一の価格

日本の医療費の約30%は薬剤費に使われています。

日本臨床外科学会によると、

不整脈治療に使われるリスモダンという薬、日本では1錠90.5円ですが、

英国では14.3円、

世界一薬価が高いと言われる米国でも66.8円だそうです。

また血管造影剤のオムニパークはわが国では100mlが14,709円ですが、

フランスでは1/3の5,244円、

米国でも12,854円です。

 

厚生労働省が保険で決めている日本の薬価は世界一高いものが多いのです。

 

この結果、多くの利潤をあげるのは製薬会社です。

 

そして、最近では、外資系の製薬会社が、

薬価が世界一高くて儲かる日本市場に参入することも当然の流れです。

 

 

日本人は薬好き

 

世界でもっとも薬が高い日本は、

さらにもっとも薬の利用頻度が高い国でもあります。

例えば、

インフルエンザ治療薬のタミフルは、

世界の約7割近くが日本で、使用されています。

 

薬に頼る日本人と、薬をとにかく出す医師の問題が解決しない限り、

この医療費問題は何も変わりません。

 

とにかく何かに依存したい心が強い日本人の心にこそ、

治療が必要ではないでしょうか?

医療はその依存心を利用して、

利潤をあげようとしているとも言えるかもしれません。

 

 

この構図は、

医療を受ける側である、患者さん自身の依存心が変化しなければ、

変わることはないでしょう。

 

医療は、本来、患者を少なくすることに情熱を傾けるべきではないでしょうか。

 

しかし、

それは理想論で、

現実には医療側が人の依存心を煽り、

CMやテレビ、ドラマで不安心を煽り、

病気を作り出している結果が、この医療費の増大の一番の原因です。

 

「本当に医療を必要としている人に、適正な医療を届ける」

 

医療の本質が問われるとともに、

医療を受ける側の患者さんの姿勢が、

原点に立ち還る必要のある時期にきているのではないでしょうか?

 

医療が病気の概念を作り、売り上げを伸ばす違和感

医療が病気を作り出している事実は、

色々な方面から指摘され、今や常識となりつつあります。

 

救急医療、感染症医療、一部の専門的医療をのぞいて、

8割近くの医療は不要だと、自身が強く医療業界から批判を受けながらも、

啓蒙を続ける医師もいます。

 

僕は、

医療ではなく、代替医療と言われる整骨院経験が長いですが、

整骨院業界など、もっとも患者さんを作り出すことに躍起になっている業界ではないでしょうか。

 

僕自身もその中で、生きてきたわけですので、強く感じます。

 

本来、整骨院も病院も、

患者を増やして、売り上げを伸ばすという発想自体が、

非常に本末転倒なのです。

 

僕は整体師として活動してはいますが、

僕の理想は、

 

『僕のような整体師を必要としない自立した人を、世の中に一人でも多く作ること』

 

であり、

もっと言えば、本来自立した身体であることを知ってほしいと想いながら日々活動しています。

 

医療の理想は、

患者を増やすことではなく、

医療を極力必要としない人を育成することにあるのではないでしょうか?

 

営利企業と医療は同じ仕組み

一般企業であれば、

ニーズを作り出し、ニーズにあるサービスを生み出し、適正な利益を上げて、

年々増収増益を目指す。

これが理想であると言えます。

 

しかし、

これと同じ構図を医療で行うとどうなるか?

 

ニーズを作り出し(病気を作り出し)、

ニーズにあるサービスを生み出し(その病気の治療法、医療サービスを生み出し)、

年々増収増益を作る。

 

医療を、一般企業と同じだと考えれば、こうなりますし、

現実にこれが今の常識です。

 

これは、果たして正しいのでしょうか?

 

正しいかどうかは、個人の主観なので、どちらでもいいです。

 

ただし、

この構図に疑問を抱かないことに、僕は疑問を感じています。

 

この構図は、

僕のような一個人の記事では、1mmも変わることはありません。

 

しかし、

その医療を受ける側の人たちの認識が少しでも変わり始めると、

ことは大きく動きます。

 

やはり、一番大切なのは、医療を受ける側が、

どのような認識で医療を受けるかにかかっていると僕は感じます。

 

そうすれば、本当に必要な医療だけが残り、

現代のように、

一生のほとんどを、病気を恐れながら生きる世の中ではなくなるのではないでしょうか?

 

あなたは、

病気にならないために生まれてきたのですか?

あるいは病気を治すために生まれてきたのですか?

 

違いますよね。

 

病気があるから、やりたいことができないのでなく、

やりたいことをやらないから病気になるのではないでしょうか。

 

整体師として何ができるか

僕は、ただの一整体師です。

そんな僕にできること。

それは、

今の医療の常識を壊し、病人を作り出すこの医療システムに疑問を持ってもらうこと

そして、

一人一人が医療に頼る必要のない自立した心身であることに気づくこと。

 

整体を通して、僕はそんなことをしています。

 

整体はそれに気づくためのただのツールです。

 

けれど僕は、

そのただのツールである「整体」という行為に、命をかけています。

 

一人一人が医療に依存しない自立した人になれば、

その世界には、争いごとも、人と比べるストレスもなく、

生きていく上で、必要なことの全ては、

今この瞬間に、ここに在ることがわかり、

自分の人生を歩むことのできる世界があるはずです。

 

そんな世界に少しでも近ずくために、

僕は何をするべきかを考え、行動することが、僕の生きがいです。

 

まとめ

医療の常識を壊し、新たな世界へ

 

今日は、医療への関わり方を、様々角度からお話してきました。

医療という存在意義を考えるきっかけになればと思います。

 

今日お話したことは、僕の自説に過ぎません。

 

ここに書かれたことが正しいか、間違っているかも、

正直言って、今はわかりません。

 

それは、未来にならなければわからないからです。

 

ですが、

日々自分が生きる世界、目の前に起こる現象に疑問を持つことそのものは、

少なくとも間違ってはいないはずです。

 

この記事が、

一人一人の生きる世界に疑問を投げかけることができていれば幸いです。

 

乱文でわかりにくいことも多いと思います。

ぜひ、ご興味ある方は、ご質問いただければと思います。

 

それでは今日はこの辺で!

 

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