安心して不安を感じていい? 〜不安・絶望は本当の自分に出会う大切なギフト〜

おはようございます。

整体庵大空の下大前です。

 

今日は、

 

『安心して不安を感じていい? 〜不安・絶望は本当の自分に出会う大切なギフト〜』

というお話です。

 

よく「先生のブログは長すぎて読みにくい!」と言われるので、

できる限り短めに行きたいと思います。

 

まー長いのがしんどいと言う人は、読まないで大丈夫ですけど。笑

 

さて、

日々生活していく上で、

ほとんど全て?と言ってもいいくらい「不安」という感情は原動力になっていることです。

 

例えば、

毎日お風呂に入るのは、臭くなりたくないから!

ですけど、それは人から「体臭が臭い」と言われないか不安だからかもしれない。

 

健康のために運動したり、食事に気をつけるのも、

病気に対する不安からだろうし、

もっと言えば死にたくないから。

 

毎日やりたくもない仕事をするのは、

「やめたら生活できなくなるかもしれない」と言う不安があるかもしれない。

 

高校や大学に行かないといけないのは、

そうしないと将来幸せに暮らせないのではないか?と言う不安があるからだと思います。

 

それ以外でも、

日常のほとんどの時間を「不安」打ち消す為に費やしている方がほとんどではないでしょうか。

 

僕自身も、偉そうなことを書きつつもそうです。

 

もし、不安がなければ、

みんなもっと「あーしたい、こーしたい」事ってあるんじゃないでしょうか?

 

もし、あなたに今不安に思うことを何一つ気にしなくていいとすれば、

あなたは今日何をしますか?

 

その答えが、本来のあなたの生き方ではないでしょうか?

 

不安に対処する生き方をする時代は、

もう終わりました。

 

これからは、不安に怯えて生きる人と、

不安を受け入れる人とに大きく別れていく時代だと思います。

 

何が、その分かれ道になるのか?

 

それは、

不安や絶望感を感じているかどうかが大切です。

 

不安なことはできるだけ避ける。

 

絶望感を味あわないように生きる。

 

そうして、不安を避けたり、不安に対処しないことがとても大切です。

 

…意味わかります?笑

 

この時点で、興味がない方は、安心して、このページを閉じてください。笑

 

自分は、

不安を受け入れて、自分らしい価値観を見出したいと言う方は、このまま読んでみてください。

 

何かのヒントにはなると思いますし、

 

僕自身が、

「不安を打ち消すために今を生きる生き方」から、

「不安を噛み締めて本来の自分に出会う生き方」に一コマを進めるために、

このブログに想いをまとめてみたいと思います。

 

それではお話して行きましょう。

 

 

ー今日のお話ー

  1. 不安は素晴らしいこと
  2. 絶望こそ最大の幸せ
  3. わからないからいい
  4. 大切なことは対処しないこと
  5. まとめ

不安は素晴らしいこと

不安はできる事にしか感じることができない

不安を感じることや、

絶望を味わうことって、

とても辛いことと言う側面があることは確かです。

 

でも、

それは一つの側面であって、全てではないです。

 

すごい不安や、とてつもない絶望感の中にいるときこそが、

本来の自分に気づける瞬間でもあるし、

社会から洗脳された価値観が壊れ、

本来の自分らしい価値観と出会えるときでもあります。

 

だけど、

世の中の大多数は、

不安を感じることは、避けたり、

何か不安なことがあれば、できるだけ対処したりしますよね?

 

それって、不安を感じて自分の価値観と出会うチャンスを自ら放棄することなのかもしれない。

 

自分本来の価値観を出会うことは、

とても幸せなことです。

現実的に言えば、

イライラしていたことにイライラを感じなくなったり。

気にしていたことが全く気にならなくなったり。

病気への不安や、経済的な不安がなくなり、自由に過ごすことができたり。

 

でも、

みんな今の自分が持っている価値観や常識、今の自分が知っている世界の中で、

やりくりしていたいのが本音で、

「自分を変えたい」とは口にするものの、やっぱり自分を変えたくない人がほとんどでしょう。

人間は、変わることを嫌いますからね。

 

でも、

自分を変えてもいいし、変わらなくてもいい。

 

どっちの生き方も正しい生き方で、

僕は、どちらが正しいかどうかを決めるためにこのブログを書いてるのではないです。

 

ただ、不安や絶望感を感じて、八方塞がりな状況にいる人がいれば、

ぜひそのまま不安を噛み締めてみて欲しいなと思っています。

 

それが本当の自分へと繋がる道です。

 

絶望こそ最大の幸せ?

絶望こそ最大の幸せ

「残念ながら、あなたの余命はあと半年です。」

 

いわゆる医師から告げられる余命宣告ですが、

もしあなたがそう言われたら、どんな気分でしょうか。

 

ありがたいことに医学が大きく発展した結果、

(これだけ医学が発展して癌が増えてることに誰も違和感はないのかな?)

日本人の2人に1人は癌だそうですから、

今日も日本のどこかで、余命宣告を告げられている人はいるはずです。

 

しかし、

余命宣告を受けた期間よりはるかに長い期間生きた人は大勢いますし、

僕が知っている人の中でも、

末期癌で余命宣告を受けたけども、なぜか癌が消えていた人は何人もいます。

 

末期癌が消えた人や、癌を経験した人の話を聞くと、

共通することがあります。

 

それは、

辛い経験ではあったけど、何はともあれ、「癌になって良かった」と思う部分があることなんですね。

 

それは、

「あなたは癌です」「余命はあと数ヶ月です」と宣告された絶望感の中で、

その人それぞれ、自分らしい価値観と出会っていったからだと僕は思います。

 

何があっても辞められなかったタバコを、癌になった途端に、

何の苦もなく辞めたり。

(タバコが癌の元だといっているわけではないです)

 

今まで我慢してたやりたかったことを、思い切ってやってみたり。

 

癌と言う絶望を経験していなければなかった、

価値観の変化を皆さん体感しておられます。

 

もしかすると、

今まで頑なに価値観を変えようとせず、

不安を避けてきたから、癌と言う経験をプレゼントしてくれたのかもしれないですね。

その結果、本来の自分らしさに気づけたわけですよ。

 

これって、すごいことだなと思います。

そう考えると、病気や怪我は恐る必要はなくって、

生きているうちに、痛みや辛さも味わって、行ければいいなと思います。

 

わからないことやってみる

わからないことやってみる

「わからない」ことをする。

ってなると、不安や恐怖が大きくなるかもしれません。

 

だから、わからないことを拒絶するというか、

わからないことを避けて、自分がわかっている範囲で生きようとする。

 

でも本当は、

「わからない」ことの裏側に楽しい!と言う自分本来の価値観があるんですよね。

 

大切なことは、

わからない不安なことを避けるのではなく、

それを経験することなんだと僕は思います。

 

何かを「わからない」って思うことは、すごく素晴らしいことなんですよ。

 

 

僕には、1歳半年の息子がいてますけど、

周りにも、友人や先輩後輩の子供、甥っ子、姪っ子がたくさんいて、

その子たちを見ていても気付くことがいっぱいあります。

 

子供が「楽しい!」って感じることって、わからないことがわかった時なんですね。

 

「あの棚の上に何が置いてるんだろう…」とか、

「あそこの変な色のものはどんな食感何だろう…」とか、

「これは食えるのかな…」とかね。

 

子供が楽しそうにしている時って、

わからないことだからこそ好奇心があったり、

今までやりたいように出来なかったことが、出来た時とかね。

 

やっぱり、人間って、

わからないことや、出来ないことをしている時が楽しんだなって子供たちは教えてくれます。

 

では、

大人はどうなのでしょう?

 

自分がわからないこと、理解できないことを避けて、

自分が知っている範囲で生きていませんか?

 

自分がやりたいけど、失敗したくないから、それらしい理由をつけていませんか?

 

わからないこと、理解できないことは、怖さも不安もあります。

だけど、

その先に好奇心があって、面白いことも不安の何倍もあるんですよね。

 

僕には、一生かけてもわからないだろうと思えるような、

身体と向き合う仕事をしています。

一生かけてもからだのことは全てわからないだろうなと思うけど、

それは一生「わからない」を経験できると言うことでもあります。

 

とても幸せなことだなと、本当に思います。

一生、「わからない」という不安を持ちながら生きていくことができるんですから。

 

大切なことは不安に対処しないこと

大切なことは不安に対処しないこと

不安や絶望感こそ、本来の自分らしい価値観と出会うキッカケになるとお話してきました。

 

僕自身も今実践の最中ですが、

不安なことが想定される時、

安全な道と、不安な道が目の前に現れると思います。

 

そんなとき、あえて不安を感じる道を選ぶこともいいんじゃないのかなと思います。

 

そして、

不安要素に対処しないことがもっとも大切なんだと思います。

 

先日、とあるとても不思議な方のお話の中で、

「どうせ死ぬだけ何だから、何でも経験してみるといい」

と言うお話をいただきました。

 

「どうせ死ぬだけ」と思う人って何でもできてしまいますよね?

 

これは、命を粗末にしていいと言うわけではないです。

 

死ぬこと以上に恐怖を感じることって多分ないと思います。

死ぬことへの恐怖がなければ、健康に気を使う必要もないし、

自分がやりたいことを我慢する必要もない。

 

これを文章にすると、受け取り方によってはいろんな語弊があるかもしれせんが、

決してやけくそになるとか、命を簡単に考えるとか、そう言うことではありませんので、

ご理解いただければと思います。

 

不安や絶望感は避けていると、

必ずそれを味あわさせられる出来事に遭遇にします。

 

だから、病気を徹底的に予防する人は、病気を引き付けるし、

不安に思うことは的中してしまうのです。

 

病気を予防するのも、病気になりたくないと言う恐怖からですが、

そう言う気持ちでいることが一番病気になる人です。

 

私たちはそろそろそのことに気付く時がきたのではないでしょうか。

 

ぜひ、安心して、不安を感じていただければと思います。

あなたが望むことはその裏側にあるのかもしれませんね。

 

まとめ

全般性不安神経症の常識を壊し、新たな世界へ

いかがだったでしょうか?

 

 

短くするつもりでしたが、

そこそこな文量になってしまいました。。

 

不安を感じること。

 

絶望感を感じること。

 

それはとても素晴らしいこと。

 

それが皆さんにも、自分にも言いたかっただけです。笑

ただ、

文章にすると、文才がないので、語弊が生まれそうな気がします。

もし何かわからないことは整体を受けに来られた時にご質問ください。

 

このブログが、

何か少しでもあなたの常識を剥がし、

本来の豊かな自分に気付くキッカケになれば嬉しく思います。

 

 

それでは今日はこの辺で!

 

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