この世界を作るのは常に自分自身である。思考の転換が大切なことに気付くブログ

おはようございます。

整体庵大空の下大前です。

いつものブログは、

ある一人の患者様に宛てて書いているんですが、(知ってました?笑)

今日は自分への戒めというか、自分自身に対して書いてみたいと思います。

 

もちろん、

同じ悩みを持つ方は多いと思いますので、

参考になることも多々あると思います。

 

 

今日、お話ししたいのは、

「全ての出来事の原因は自分にある」

というお話しです。

 

上司と部下、夫婦間、カップル、親子、親族…

人間関係のもつれはもちろん、

虐待などもそうですが、

事例をあげればキリがないというか、全てがそうです。

 

その原因は自分自身にあります。

 

行きている間に起こる出来事に、無意味な出来事は何一つありません。

 

『全ての出来事に意味があり、その出来事を生み出しているのは自分自身であること。』

 

これを自覚できると、物事を観る眼が大きく変わるはずです。

 

 

とはいえ、、

 

現実には、相手に原因を求めたり、病気の原因を自分以外に求めたりと、

する方がほとんどです。

 

「自分が体調を崩したのは職場でのストレスが原因だ」

 

「自分が不安症なのは、小さい頃母親に甘えられなかったことが原因だ」

 

「自分は病気のせいで辛い思いをしている」

 

この視点を、どう切り替えられるかが大切ではないでしょうか?

 

フォーカスすべきは、常に自分自身がどうだったの?ということだけでOKなんです。

 

先ほどのを例にすれば、こんな感じ。

 

 

「自分が体調を崩したのは職場でのストレスが原因だ」

→その職場でなぜ我慢して働いていたのか? 周囲の人間が悪いのではなく、自分の意見を周囲に伝える事が出来なかった自分自身に改めるべき点があるはずです。もっといえば、周囲に伝えていたとすれば、その職場をやめられないのは何故なのか?という自分の問題。

 

 

「自分が不安症なのは、小さい頃母親に甘えられなかったことが原因だ」

→何故、母親に甘えられなかった事が辛い経験なのか?母親の事が大好きだったからこそ、甘える事が出来なくてつらいと思ったはずでしょう?「自分は母親の事が大好きだ」ということが全てで、母親が○○させてくれなかったということは問題ではないです。

母親のことが大好き。それだけで十分幸せではないかなと思います。

 

 

「自分は病気のせいで辛い思いをしている」

→何故あなたはその病気になる必要があったのでしょうか?あなたが忘れていることを自覚させるために病気をプレゼントしてくれたのではないでしょうか? そういう視点にたつことが重要で、病気は敵ではないですね。「闘病」してはいけないのです。

 

 

こんな感じで、視点をどう切り替えられるかが大切ではないでしょうか?

ぜひご自身の悩みの原因は全て自分にある。という視点で考えてみてください。

そうすると思いがけない気づきがあるはずですよ。

 

 

人間関係の問題

人間関係の問題

人に嫌われたくない。

人にどう思われているかが気になって仕方がない。

人に不快な思いはさせたくない。

 

そういうことを大切にしていると、

周囲に気を使うあまり、すぐ疲れてしまったり、

知らないうちに自分の意見を言うことはもちろん、

自分の意見を忘れて、人に同調することばかり考えてしまうことになるかもしれないですね。

 

日本人にこう言う方は、とても多いんではないかと思います。

 

そうなると、

自分が好き勝手に振舞っても絶対に嫌われない人か、

特定の人にしか自分の本音がいえなくなることもありますね。

 

僕はこのこと自体、全然悪いとは思いませんけど、

ご自身が、自分のこう言うところが嫌!と感じておられる方は多いですね。

 

 

だけど、それは言い換えると、

全ての人が好きと言う想いがあなたにあるからではないでしょうか?

 

だって、大嫌いな人がいたとすれば、

その人に嫌われても何の精神的ダメージもないはずですよね?

 

嫌われたら嫌と言うのは、

その人のことが好きと言う前提がなければ成り立ちません。

 

「全ての人が好き」

それって素晴らしいことですよね(^ ^)

 

「あなたのことは好き。だから、意見していい?」

って言う風に話せば、自分の意見が言いにくいと言うことは減るかもしれないですね。

 

もっといえば、

そこで、相手に嫌われたとしても全然大丈夫で、

それ以前にフォーカスするべきは、「その人が好き」って思う自分自身でしかないです。

 

そんな相手にどう思われても、それは相手次第なことで、

自分にはどうにも調整することは出来ないし、しようとする必要もないですからね。

 

しかも、

あなたが相手に意見することで、自分にも、相手にも、新たな価値観が生まれる。

これも素晴らしいことです。

 

ぜひ、あなたが好きな人に、自分の素直な気持ちを伝えてみてはいかがでしょうか?

 

 

人をお金や地位で判断する人は… 経済的な不安を抱える

人をお金や地位で判断する人は

経済的な不安。

誰しもがなくはないことだと思います。

 

何故お金がないと不安なの?って

よくよく考えると、

人(自分自身も含めてね)のことを、社会的な地位や、収入で評価していませんか?ってことに行き着きます。

 

人の価値って、お金や地位にありますかね??

 

そう問いかけると、「それは違うと思う!」って言う人が多いかもしれませんけど、

言うは易し…ってところでね。

 

実際、経済的な不安があるってことは、

人並みに生活していけるかどうか不安って言うことだとも思いますけど、

それは経済的な力がなくなることへの不安って言うのは、

率直にいえば、

自分に価値がなくなると言うこととも言えます。

 

その理屈では、

人はお金を生み出すことに価値があって、

高齢者や、子供、専業主婦は価値がないことになってしまいます。

実際は全然違うでしょ??

 

ただ、あなたが、私が、存在していることそのものに価値があるのであって、

その人が行なっていることや、成果(お金)に価値があるのではないはずです。

 

経済的な不安って、

もしかすると、自分自身に本当の人の価値って何だろう?と言うことを思い起こさせてくれる大切な経験なのかもしれないですね。

 

安心して、経済的な不安を味わってみることも、いいのではと思います。

 

大切なことは、どうやって経済的な負担を取り除くか?ではありません。

 

何故、自分は経済的な不安を感じているのか?ということを考え、

そんな不安は自分が勝手に作り上げた偶像だということに気付くことが一番大切だと思います。

 

やりたいことを出来ないのは何故?

やりたいことを出来ないのは何故?

もし、時間もお金も何も気にすることがないとしたら…

あなたは何をして過ごしますか??

 

それが、あなたの生き方です。

 

でも現実には、やりたいことがあってもいろんな理由で出来なかったり、

そもそもやりたいことがわからないとかもありますよね。

 

やりたいことがあるのなら、

それを出来ない理由ばかり探してないで、どうやったらできるかを考えてみてはどうでしょうか?

 

出来ない理由を次から次へとつけて我慢する人生と、

やりたいことをやれるように苦労する人生。

 

一度きりしかない人生という有限の時間を使うなら、あなたはどちらを選びますか?

 

ここに答えはないです。あなたが選んだ方があなたの答えです。

 

そして、やりたいことは特にない!という人。

今がとても充実していることに気付くべきですね。

 

やりたいことがない。というのは、

今が充実していなければ思えないことです。

 

やりたいことも特にないけど、充実もしていないんだけど…

という方。

 

何か大切なことを忘れているかもしれませんね。

今自分がとっても幸せな中にいることを自覚させられる出来事に出会わないと気づかない人は、

そういう出来事に遭遇するのでお楽しみに!

 

やりたいことをやりたいように生きる人生。

 

やりたいことを我慢して生きる人生。

 

どちらの人生を生きても最後は肉体は力尽きて死ぬことになります。

 

結末は両方同じ。だったら、あなたはどっちを選びます?

 

人の為には成立しない。

人の為には成立しない。

よく、人のために尽くしなさいと学校などでも教えられますが、

これは大きな間違いを含んでいます。

その結果ほとんどん方が勘違いしていることに気づいていません。

 

人の為に何かするというのは絶対に成立し得ないことです。

 

人の為に何かするというのは、

その結果として、得たいことがある場合が多いです。

 

人の為に何かする(人から感謝されたいから)

人の為に何かする(自分の罪滅ぼしの為に)

人の為に何かする(自分の存在価値を確認したいから)

 

多くの場合で、

人の為に何か出来ることは素晴らしいこととされていますが、

問題はその動機です。

 

自分のために、人の為と言って行動すること。

これを、「偽」と昔の方は漢字で表現しました。

 

本当の意味で人の為になろうとすれば、

自己犠牲ではなく、

まず、自分自身が幸せであることが何より大切です。

 

それがあなたの周囲に波及し、結果的に人の為になるのであって、

人の為に生きることが、人の為になるのではありません。

 

…なんか文章にするとややこしいですね。笑

 

意味、わかりますかね??

 

こういうのと同じようなことってよくあります。

 

例えば、

「頑張っている」といのもそうです。

 

「頑張っている」というのは人が人に対していう言葉であって、

自分自身に頑張っていると感じているのは、

実はやりたくないことを頑張ってやっているということになります。

 

自分がやりたいことを黙々とやっているときは頑張っているとは思いませんよね??

 

その姿を人が見て、「あなた頑張っているね」と言われて、自分的にはそんな気ないから「そうですか?」というのが本来の頑張っているという言葉の意味です。

 

それを「頑張ること」があたかも美徳かのように学校などで教えられるもんだから、

おかしくなってるんですよね。

 

話を戻します。

 

人の為になりたいのであれば、

まずは自分が楽しく生きること、自分の為に生きること。

 

それが大切であること忘れないでくださいね。

まとめ

全般性不安神経症の常識を壊し、新たな世界へ

いかがだったでしょうか?

 

皆様と同じように、

僕自身も色々な経験を積んで、

いろんな方と接することで、少しずつ成長しています。

 

自分を誇張することもなく、

自分を卑下することもなく。

 

今の自分の気持ちのままに、今を生きていくこと。

 

それしか出来ませんね。

 

僕が生きて、楽しくしてるだけで、僕と接する誰かの人生に役立っているはずなので、

今日も出来ることをやって、

1日を過ごしたいと思います。

 

想定外の出来事を楽しみましょう!

 

(このブログ書いてるのは11/3)

明日から、

2日間淡路島に家族旅行(義母、義弟に普段のお礼をかねて)に行ってきます。

 

ご予約が取れない患者さんには申し訳ない気持ちはありつつ、

まずは自分が楽しむことからね。笑

 

お休みをいただきます。。

 

 

 

 

 

このブログが、

何か少しでもあなたの常識を剥がし、

本来の豊かな自分に気付くキッカケになれば嬉しく思います。

 

乱文でわかりにくいことも多いと思います。

ぜひ、ご興味ある方は、ご質問くださいね。

 

それでは今日はこの辺で!